島木赤彦住居 (柿陰山房) 下社周辺 Twitter Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2008.07.122019.05.21 久保田家の養嗣子となった赤彦は、大正7年、東京のアララギ発行所から帰郷すると、自らここを「柿陰山房」と命名し、大正15年に亡くなるまでを過ごした。間口8間半、奥行き5間半、茅葺造り、在郷氏族の家屋としても評価が高い。庭には樹齢300余年の赤松と樹齢130余年の胡桃、ともに赤彦が愛した老木が残り、裏山の津島神社前に歌碑と墓がある。 矢印キーを押すと移動します。柿蔭山房北高木 下諏訪町 諏訪郡 長野県 393-0001 日本 ルート・乗換案内地図の中心へ交通状況自転車で行く乗換現在地ルートを検索 連絡先0266-27-1111(下諏訪観光協会)