諏訪大社上社の杜 歴史発見ウォーク

神話の時代から続く雄大な歴史と自然にふれるちょこっと旅。

案内人と一緒に上社にまつわる謎を解き明かそう。 (さらに…)


諏訪大社下社と、いで湯の街散策

中仙道と甲州街道が出会う宿場町 下諏訪(しもすわ)。

ローカルバスあざみ号にゆられて、あの「木落し坂」へもぶらり。 (さらに…)


御神渡りコース

建御名方(たけみなかた)神が渡ったと言い伝えの残るルートを辿るコース。
上社を参拝し、諏訪湖は御神渡りが出来るルートを船に乗って湖面を間近に感じながら渡り下社へと向かいます。 (さらに…)


諏訪市博物館

上社本宮前のモダンな建物。「時間・自然・信仰」をテーマに、諏訪明神信仰を諏訪の自然風土や歴史と絡めて紹介。音響やアニメーションで体感できる展示スタイルも注目。
(さらに…)


承知川と承知橋

武田信玄は「諏訪大明神」ののぼりを軍企図するなど、諏訪大社への信仰篤く、たびたび戦勝祈願に訪れていた。戦からの帰途でこの川に差しかかった際のこと、信玄の馬は突然立ち止まり、動かなくなってしまった。馬を下りた信玄は、戦勝祈願の際に神と約束した社殿の建て替え、千手堂三重塔建立を思い起こし、「神のお告げ承知仕り候」と申し上げたところ馬は再び歩き出したという。それからこの川を承知川、橋を承知橋と呼ぶようになった。


出早雄小萩神社

出早雄神社は古くより諏訪神社下社の摂社で、西山田三区(横川・中村・中屋)の産土神として鎮座していた。昭和35年(1960)、小萩団地造成のため、小萩神社を遷座し出早雄神社と合祀、出早雄小萩神社となった。祭神は建御名方命の二男、出早雄命と八男興波岐命。 (さらに…)


手長神社

茶臼山の中腹に鎮まる手摩乳神(てなづちかみ=諏訪明神(建御名方命)の祖先)を祀る神社で、高島城の艮(うしとら=東北)の方角に位置し、高島藩の総鎮府として崇敬を集めた。階段を上って境内に入るところに「延命の杉」という巨木がある。 (さらに…)


本宮(諏訪大社 上社)

諏訪湖をはさんで南に上社、北に下社があり、さらに上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮に分かれている。ご祭神は信濃の国造りをしたと伝えられる建御名方 (たけみなかた 男神)と八坂刀売(やさかとめ 妃神)を祀るが、一般的には古くから上社に男神、下社に女神の信仰が広く伝わっている。また、下社には御 二柱に併せて御兄神八重事代主(やえことしろぬし)を合祀する。雨、風、水を司る神として古くは国家安泰と五穀豊穣などの祈願が行われた。一方では武勇の 神として武田信玄や徳川家康などの武将からも信仰を集めた。平安・鎌倉時代には全国にお諏訪様信仰が広がり、現在も御分社は一万有余社になる。大社の氏子 域は諏訪地方全域に及び、式年造営御柱大祭「おんばしら」をはじめ、特殊な神事、祭りを今も守り伝えている(上社では蛙狩神事、御頭祭などが有名)。 (さらに…)


秋宮(諏訪大社 下社)

諏訪湖をはさんで南に上社、北に下社があり、さらに上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮に分かれている。ご祭神は信濃の国造りをしたと伝えられる建御名方(たけみなかた 男神)と八坂刀売(やさかとめ 妃神)を祀るが、一般的には古くから上社に男神、下社に女神の信仰が広く伝わっている。また、下社には御二柱に併せて御兄神八重事代主(やえことしろぬし)を合祀する。雨、風、水を司る神として古くは国家安泰と五穀豊穣などの祈願が行われた。一方では武勇の神として武田信玄や徳川家康などの武将からも信仰を集めた。平安・鎌倉時代には全国にお諏訪様信仰が広がり、現在も御分社は一万有余社になる。大社の氏子域は諏訪地方全域に及び、式年造営御柱大祭「おんばしら」をはじめ、特殊な神事、祭りを今も守り伝えている(下社では、遷座祭のお船祭、筒粥の神事などが知られている)。

(さらに…)