東掘正八幡宮(柴宮)

鎌倉時代の初期には、すでに当時の記録に上八幡とその名が残されていた古社。祭神は誉田別尊で、後に醍醐天皇の第八子宗良親王を合祀した。南朝方を中心的に支えた諏訪氏の招きによって当地に入った宗良親王は、ここを御座所とした。 (さらに…)