法華寺

元禄15(1702)年12月14日、赤穂浪士大石内蔵助らの吉良邸襲撃によって打たれた吉良上野介義久の養子、左兵衛義周は、高島藩に流罪となり、南之丸で3年を過したが、病弱のため22歳で亡くなった。諏訪市中洲の法華寺が遺骸を引き取り墓を建てた。 (さらに…)


教念寺

元亀2(1571)年、一袋上人の開山。もともとは阿弥陀如来が庶民の信仰を集める寺だったが、近年は諏訪七福神めぐり注目され、弁財天を拝みに訪れる人も多い。 (さらに…)


温泉寺

高島藩初代藩主の諏訪頼水が没し諏訪家菩提寺の頼岳寺に葬られた後、頼水の志を継いだ二代目忠恒が下諏訪町慈雲寺の泰嶺和尚を招いて開山、以来高島藩主の菩提寺となった。明治3年、一部焼失したが、高島城から能舞台を本堂に、薬医門を山門に移築した。