法華寺

元禄15(1702)年12月14日、赤穂浪士大石内蔵助らの吉良邸襲撃によって打たれた吉良上野介義久の養子、左兵衛義周は、高島藩に流罪となり、南之丸で3年を過したが、病弱のため22歳で亡くなった。諏訪市中洲の法華寺が遺骸を引き取り墓を建てた。 (さらに…)


諏訪市博物館

上社本宮前のモダンな建物。「時間・自然・信仰」をテーマに、諏訪明神信仰を諏訪の自然風土や歴史と絡めて紹介。音響やアニメーションで体感できる展示スタイルも注目。
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本宮(諏訪大社 上社)

諏訪湖をはさんで南に上社、北に下社があり、さらに上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮に分かれている。ご祭神は信濃の国造りをしたと伝えられる建御名方 (たけみなかた 男神)と八坂刀売(やさかとめ 妃神)を祀るが、一般的には古くから上社に男神、下社に女神の信仰が広く伝わっている。また、下社には御 二柱に併せて御兄神八重事代主(やえことしろぬし)を合祀する。雨、風、水を司る神として古くは国家安泰と五穀豊穣などの祈願が行われた。一方では武勇の 神として武田信玄や徳川家康などの武将からも信仰を集めた。平安・鎌倉時代には全国にお諏訪様信仰が広がり、現在も御分社は一万有余社になる。大社の氏子 域は諏訪地方全域に及び、式年造営御柱大祭「おんばしら」をはじめ、特殊な神事、祭りを今も守り伝えている(上社では蛙狩神事、御頭祭などが有名)。 (さらに…)